05:わがまま〜鈴蘭〜
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 すがすがしい、初夏の日のことだった。
 午後の勉強タイムを終え、息抜きとばかりにトウヤとクラレットはフラットの庭を散歩していた。  日差しは少しきついが、風が心地よく吹いていた。絵に描いたような穏やかな時間・・・隣にいる少年とそんな時を過ごしていると、クラレットはチクチクと胸に罪悪感を感じる。・・・許されるはずのない幸福・・・。自分は・・・そして彼は・・・クラレットは一番重要なことをまだ話していない。
 「あ、鈴蘭だ」
 隣にいる少年・・・トウヤはクラレットの心情をしらず足元の花に気が付いて腰をかがめた。庭の隅に咲いている何本かの白く可愛らしい花。
「この世界でも、鈴蘭って言うのかな?」
「はい、鈴蘭です。トウヤさんの世界でも咲いているのですね。」
 クラレットもトウヤと同じように白い花の前に腰をおろした。
「うん、可愛い花だよね・・・・・・この花ってクラレットに似ている」
「私に・・・ですか?」
 驚いてクラレットはトウヤを見返す。彼はさすがに自分の言った言葉に照れたのか、そっぽを向いて頭を掻いている。
 そんな彼を見ながらクラレットは幼いころのことを思い出した。
「クラレットは鈴蘭みたいね」
 大好きな母に言われたこともあり、それから、クラレットはすずらんの花が大好きになった。  それから、何年かしてクラレットは母からひきはなされ、召喚術の勉強を強いられるようになる。無色の派閥の召喚術師として。
 
「でも、知っていますか?鈴蘭て毒があるんですよ」
 自分でも自分の声が冷たく響くのを感じた。
「へぇ?」
 唐突の彼女の言葉にトウヤはびっくりしたように彼女を見た。
「すずらんて全身に毒を持っているんです」
 今度は声が震えるのを感じた。ふいに無性に悲しくなってクラレットは膝に頭を伏せた。

 彼女がその事実を知ったのは無色の派閥での事だった。派閥内では特別親しい人も無く、召喚術の勉強以外の空いた時間を彼女は書庫での読書に費やした。植物図鑑だっただろうか毒関連の書物だったのだろうか、“鈴蘭は全身に毒を持つ植物”彼女にとってはショックな事実だった。

 そして今、改めて思う―私は鈴蘭だ
 この世界を侵食する毒を撒き散らす存在、そして毒はトウヤ・・・毒が世界を侵食をするのをとめる為には毒を撒いた自分が責任を持って、解決策を見つけ出すこと。そして彼にもその事実を告げなくてはいけない。

 ふいに頭に手が置かれた、大きく暖かい手はクラレットを慰めるように、労わるようにそっと頭を撫でる。
 顔を上げるとトウヤが戸惑ったように彼女をみている。
「ごめん・・・鈴蘭嫌いだった?」
 クラレットはフルフルと頭を振る。
「いいえ、そんなこと無いです・・・ただ・・・別れた母を思い出したんです」
 クラレットは嘘をついてごまかした。
「そうか・・・」
「母もトウヤさんと同じことを言ってくれたんです
 だからトウヤさんにすずらんに似ているって言われた時・・・嬉しかったです」
 これは本当のことだ。
「そうか・・・良かった・・・何か君を泣かせるようなことを言ってしまったと思ったから。」
 トウヤは安心したように微笑んだ」
 家の中からクラレットを呼ぶ声が聞こえる。
「あ、リプレさん・・・お昼ご飯のお手伝いするって約束してたから・・・」
「そうか、じゃあ僕も一緒に手伝おう」
 二人は並んで歩き出した。
 初夏の風が優しく二人の衣服をなびかしてゆく、クラレットはそっと隣を歩く少年をみあげた、トウヤは優しい、時々無茶をして彼女をハラハラさせるが、彼女には優しい。この関係を壊したくない。この優しい時間を壊したくない。
 それはわがままだと分かっている。いつか真実を明かさなければいけない時が来るだけど、だけどだけどもう少しだけ、こうやって彼と方を並べて歩きたい、心地よい風を感じながらクラレットはそっと願った。

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 いきなり暗いお話です、ところで鈴蘭には毒があるってどれくらい有名なんでしょう?